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9-3、<エッセイ集>歌は、世に連れ

2019年10月26日 14:00

◆2008/08/09・「 8/17 倉 敷 空 襲 」

2008年8月8日の山陽新聞の記事は、目から鱗でショッキングでした。
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倉敷には「美術館」が有るから空襲を免れた!と言う説が覆される「1945年8月8日付けの米軍の資料」が公開されていた。

広島・長崎をはじめ他の都市部の空襲は、米軍の資料が作成された日から9日後に空襲されていた。そうすると、倉敷中心部が標的の空襲は、8月17日が予定されていた事になるが、8月15日に「終戦」を迎え空襲が免れたようだ。
その資料によると、焼夷弾攻撃目標としては、倉敷駅北の元チボリ公園(倉敷航空機会社に転用されていたクラボウ)・イオン(倉敷絹織会社)・アイビー(倉敷紡績)・倉敷駅等、4ヶ所だった。倉敷には、名画エル・ゴレコ等、約70点を所蔵している美術館が有り(戦時下には、岡山市北部に疎開されていた)、京都・奈良と同じように「文化財の破壊を避けたのだろう」と言われてきた説は覆された。相手国の文化財よりも、軍事的戦略効果が優先する。それが、戦争なのだ!。

1945年6月22日「水島空襲」
※4/1・4/5・5/6・に続いての空襲で、三菱重工業水島航空機製作所と市街地周辺の部品供給工場は壊滅した。その3ヶ月前の3月に、政府は「国民勤労動員令」を発布し、12~60歳の男子・12~40歳の女子までを、戦争に総動員した。その年に、中学生になって学徒動員されて、武器や兵器を作らされていた、多くの幼い生命もその空襲で一瞬の内に一緒に消えた。その時、小学生だった沖長さんの詩「ぶらんこ」に持って行き場の無い思いを感じて曲を書いた。(TAPE「あした天気になぁれ」に収録)

1945年6月29日「岡山空襲」
この日の9日前に、作成された米軍の資料もあった。毎年6月になると、岡山市役所のロビーに掲示されていた詩が「西川哀歌」だった。岡山の中心街を流れる西川に、今は錦鯉が平和に泳いでいる。作詩者の坪井氏は、その錦鯉があの空襲で熱さを逃れて西川に飛び込んだ人間たちに見えたのだ。坪井氏は、西川を散歩しながら当時の事をリアルに話してくれた。1983年6月29日空襲記念日、山陽放送テレビ「奥さん10時です」に出演で、当時の映像をバックに唄った。その前日に坪井氏が他界していた事を、放送終了後に聞かされた。(LP「我古里」に収録)
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2008年8月6日、BS-2(テレビ)で日本とアメリカの二元中継で「核兵器廃絶」について、論議されていた。大量破壊兵器だから・・・63年後になっても「しこり」を残すから・・・。論議は、残念ながら核心からどんどん離れて行った。そして、いつもその話になると登場して一番紛らわしくかき回す「正義」の論争へ・・。戦争が絶える事の無いこの地球上から「核廃絶」させるために、私たちに出来ること!での認識では、その「プロセス」と「教育」と「投票行動」等・・・で、日米間でも一致していた。アメリカは、ともかく・・日本はどうでしょうか?。「正義の戦争よりも、不正義の平和を!」この開き直ったようにも思える切実な言葉は、何を意味するのでしょうか?。1人の生命を何より重く受け止めるための考え方が出発である。「戦争の無い世界」は理想だと諦める前に、戦争は人間が起こしている事を見つめたい。そして今、その人間に一番影響力を持つようになったのは、「正義」でも「宗教」でも「愛」等でも無く、悲しいかな「お金」であると言う現実もだ。イラク空爆のニュースを車中のラジオで聞いた後に「アイの歌ラララ・・・・」を創作。
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イラクの若者が、日本のテレビ局のインタビューに答えていた。「あなたの敵は、誰ですか?」「僕の敵は、銃を持っている人です!」

作品を創る時、いつも大切にしていることは「事実」と「唄う場所を選ばない」唄だ。たとえ、戦争を「止む終えない」と思っている人たちの前でも唄える「うた」を創りたい。他に「おやじの唄」「戦跡」「魔法使いのおばあさん」「The Day Before」「その時のために」等も、そう思って創った。何故ならば、平和であることが私の全ての始まりであると思っているから・・・。終戦が、後2日遅れていたら・・・私は、今ここに居ないかも知れないと思ったから・・・。

愛(LOVE)や正義は、立場や方向性において、争いの原因になる時もある。いつの頃からか「Heart & Peace」は、私が唄い続けるもっとも大切な理由になった。

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コメント

  1. ケンケン | URL | -

    戦時中、日本軍も毒ガスや細菌だけでなく原爆の研究開発もやっていた…と聞いています。終戦でその証拠は隠滅… 制空権を米軍に握られた日本軍は、もし原爆を開発していたなら…皇国日本は特攻隊で使ったのかも…

    戦争は破壊と哀しみまみれ…なのにまたどこかで戦争が続く。なぜ共に生きる事を考えず、殺し合うのか。人間は尊い生き物であってほしいです。

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