FC2ブログ

9-3、<エッセイ集>歌は、世に連れ

2019年10月26日 08:00

◆2008/05/20・「 私 の 孤 独 」

人は誰かを待ち続け 人は一日を終わるように
人は何かを待ち続け 人は人生を終わるように
 人は人に出会い 人と語り人と唄い
 人は夢に出会い 人を信じ人を愛し
 人は明日を待ち続け 眠るのか

byscle.jpg
父の一周忌を終え一息。創作にも少し意欲が出て来て、1年ぶりに向かい合った。音楽舘が出来て、PAやコンサートで出掛ける事が億劫になり、もっぱら内装のアイデアや音響・照明の調整に取り組んだ。でも、それだけでは生きられない。創ることよりも唄うことよりも「生きる」意味を考えさせられた一年でした。

そんな時、息子が「自転車」で通勤(約6Km)を提案。これなら、ちょっとお酒を飲んでいても・・・それに運動不足解消で健康にも良いし・・・で、ついに1992年6月、ブリジストン MTBを購入してしまった。まずは、通勤に・・・。快く頬をなでる風が気持ち良く「生きている!」っと、感じられた。四国88ヶ所「自転車お遍路」から、四国一周へと夢は広がった。。

●1992/9/15「吉備路、80Km完走!」
9:00-出発間もなく、息子からトイレ要求で庭瀬の大森宅へ。第一ポイントは万成の友人宅へバイト料を持参。R53を北上し第二ポイントの喫茶「わらべ」に到着。昼食後、R53を離れ道なき道をR180を探して南下。長い上り坂が現れて、果敢に挑戦しもう少しで頂上の所で息子の「学チャリ」のハンドルが外れた。工具も無く・・・せっかくの長い下り坂の風を感じることも出来ずに、手押しでガソリンスタンドまで。この歩き疲れが足に来たので、吉備津彦神社・国分寺と頻繁に休息を取りながら、第三ポイントの総社の親戚に到着。吉備路は、専用ロードが整備されていて走りやすかった。更に、西へ向かい高梁川を越えて最終ポイントの久代の友人宅まで。その友人も、興味を示し・・・次回には参戦の意を表明された。夕陽を背に家路へ向かう途中で、再度ハンドルが外れた。三輪の知人の家に立ち寄り、完璧に修理。そんなこんなのトラブルに、冷静な息子に少し逞しさを感じた。

●1992/10/27-29「倉敷-徳島、往復240Km完走!」
朝6:30-に出発。早島からR30に抜ける近道を!と思って軽快に走るが、迷い行き止まりで田んぼの中を自転車を担いで進む。何とかR30に出て、深山公園への長い上り坂を歩き、頂上で記念撮影。一気に下り、宇高国道フェリー乗り場に9:00-着。フェリー待ち30分で乗船、10:30-高松港着。市街地を抜け、難関の塩江を目指す。膝とお尻の痛みに、薬局でスプレー型「エアーサロンパス」を購入して、進む。ゆるやかな上り坂が続き、ふと振り返ると息子の姿が無い。一服して待っている所へ現れた息子の要求で、自転車を交換。何とペダルの重い「学チャリ」だ。快調に走る息子から、だんだん遅れる私を見かねて・・又、自転車を交換。頻繁に休憩を取りながら進むが、休むより歩く方が楽な事にも気付いた。昼食予定の「甲虫温泉」到着は、2時間遅れの14:00-でした。お店の人に、峠はもう少しだから「頑張って」と励まされ格好良く走り出したが、上り坂が滝を登っているように見えた。走らなくても、歩いていれば、いつか頂上に。15:00-頂上を通過。一気に脇町まで下った。16:00-喫茶店で休憩。そこから宿泊先の親戚に電話すると「そこからやったら、もう一時間や!」の言葉に、急に達成感が溢れ走り始めたが・・・行けども行けども見知らぬ所、薄暗くなって来て不安な息子は、無口になった。出発直後の、近道のつもりの遠回り道を後悔しながら・・・18:00-無事到着。その日は、そのまま爆睡。

翌朝、まだお尻が痛いけど・・・近くの喫茶店まで走り「朝食兼昼食」。ブラブラ走って、パチンコ屋で時間潰し。夜は、親戚の家で「歓迎すき焼き大パーティー」で、みんなからの感嘆と励ましの声を頂き、気分良く眠れた。

10/29、10:00-出発。前夜の復路作戦会議で、塩江ルートを変更。いきなり御所温泉の山越えに挑戦。これが、意外と楽で・・・頂上の約2Kmのトンネル入り口に着いたのは、12:00-前。後は下りで・・そんなに順調な訳は無いと思っていたら、照明も無い真っ暗なトンネル内で息子が壁に接触事故。幸い転倒することも無く、手袋が破れて軽い擦り傷で済んだ。トンネルを抜けても、まだ下り坂が続いた。少しゆるい下りになった頃「山賊うどん」と言う看板を見つけ昼食。後、R11号線に出て快調に飛ばす。心残りは、3500円の「松茸うどん」。渋滞中の車をスイスイ追い越し、二両編成の小さな電車と並走し、時折右手の奥に見え隠れする瀬戸の海の塩の香りも感じられ、やっと風になれた気がした。あまり休憩を取ることも無く、無理に急いだわけでも無いのに16:00-には高松港に到着。フェリーから見える太陽は、海を金色に染めていた。目覚めると宇野港に到着。ループ橋を歩いて上りきった頃から、薄暗闇と疲労の限界で・・・黙々とペダルを漕ぐ。天城街道を北上する辺りから、見慣れた風景に力を取り戻した息子が追い越して行った。先が見えても、追い付けない自分に苛立ちながらも、何とか19:00-音楽舘到着。往路よりも、3時間短縮出来たが「もう、自転車は、止めよう」と思った。

●1993年2/25「小豆島一周(約100Km)完走!」
「倉敷-徳島」の意外なな反響に、再度日帰り計画をした。一番に計画に参戦して来たのは、会員のマサキさん。若い頃、四国・九州に挑戦した自転車のベテラン。次は、吉備路で興味を示したオカザキさん。あれから、毎朝10Kmジョギングをして備えているとか。ママチャリ参戦は、中学校の同級生(暇だから・・・)コイケI君。自営業ばかりなので、平日決行となった。

6:30-音楽舘集合の4人は、マサキさん宅へ向かった。そこから5人で、新岡山港には順調に8:30-着。9:25-発のフェリーまで朝食と休憩。フェリーに乗って、まず「乾杯!」。ビールも入って、フォークキャンプから犬島共和国建国計画の話まで大きく弾んだ。10:35-小豆島着。徳島の経験から・・・帰りが楽なように、いきなり北側の山越えから入り、約4.5kmの上り坂の頂上で記念撮影。後は、小さな上り下りの繰り返し・・・ついに、3集団に分かれる。予想通り、軽快に飛ばすマサキさんとオカザキさん。孤独に黙々と走るママチャリコイケI君。そして、厳しい上り下りに、もはやハイキング気分の私と息子。予定よりかなり遅れて「大部港」で昼食。又も「乾杯」。ほろ酔い気分で出発。イメージでは、海岸線の潮風を切って走る筈でしたが、実際には上り下りの連続でした。先発隊は、私たちが到着まで峠で休憩。私たちが峠に着くと即出発。私たちも休みたいよ!。この走りのテンポでは、最終のフェリーに間に合わないと焦るマサキさんとオカザキさん。向かい風と小雪・小雨が吹き付ける中、やっと中間点の「南風台」の喫茶店で休憩。煙草を一本吸う暇も無く、先発隊3人は出発。「レベルが違う、自転車が違う」と見送りながら私たちは暫し休憩。窓から見える景色が、イメージに近くなったけど、腰が上がらない。16:15-出発、行ける所まで走ろう!。R436の池田港を過ぎた頃から薄暗くなって来た。小雨が強くなり始めた頃、目の前にでっかいホテル。足を止めて中に入る。朝食付きで¥8000-、但し夕食は3Km先の土庄港まで・・・だったら、フェリーに間に合わなければ、宜しく!と再出発。18:20-土庄港着、余裕でフェリーに間に合った。先発隊は、一便遅らせて待っていてくれた。19:35-最終便に乗り込んで、また「乾杯!」。健闘を讃え合うが、誰も「もう一度!行こう」とは、言わなかった。新岡山港着20:45-。暗くて寒い中を、ひたすら音楽舘に向かった。

「生きよう!」「唄おう!」と、時には力むことも必要かもしれない。でも、今「生きてること」「唄えること」をもっと楽しみたい。生きているから、唄えることも事実だ。生きている限り、唄いたい。それだけで十分幸せでは、ないか・・・・。それ以上、何を求めているのだ。唄えるのに、唄わない理由を並べる事は辞めよう。何より、唄い続けている事だけが、自分への勲章なのだから・・・・。

■HOT NEWS■

FC2Blog Ranking



コメント

  1. ケンケン | URL | -

    今でも通勤は自転車なのですか?
    私もなんとか続けておりますが、
    朝7時半の時間帯と言えども
    「暑い!」汗ビッショリです。。。

  2. アストト | URL | -

    これも、三日坊主ですよ。

    継続は、力ですね。

    僕は、唄以外は・・・
    禁煙も自転車も・・・
    続きませんよ。

    きっと、性格が・・・
    人に厳しく、自分に甘いからでしょうね。

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://gakori.blog39.fc2.com/tb.php/81-6ade4ab3
この記事へのトラックバック