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3-2、地域運動の中で・・・

2019年09月23日 06:00

(1)岡山音楽友の会

倉敷に帰る一年前(1978年7月4日)岡山市民文化ホールで「恒一&光一コンサート」が、岡山音楽友の会の主催で開催された。「恒一」は、東京のフォーク・シンガー「川津恒一」氏で、元FG「シーズンオフ」のリーダーで解散後ソロ活動をされていた。「光一」は、我等が大阪の「中島光一」氏で、良いチャンスだから一緒に出演を!と誘われた。新婚旅行中で岡山に来ていた「民唄開拓舎」の村上しんじ夫妻と共に「おやじの唄」と「戦跡」を唄った。その頃、1stアルバム/LPレコード「風よ伝えて」の製作実行委員会も立ち上げていたので、レコードの支援予約も沢山頂く結果になった。この出演のお陰で、その後の岡山(倉敷)での出発は、ゼロからでは無くなったような気がしたのだ。
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「岡山音楽友の会(音友)」は、労働者音楽鑑賞団体(労音)の流れを汲む全国的な組織だった。大阪時代にも、職場の労働組合も「労音(大阪では、新音楽協会=新音と呼ばれていた)」の団体会員に加盟されていて、毎月の例会にも分担されてくるチケットで、安く「プロの音楽」を楽しませていただいた。当時の労音の組織力・観客動員力は、新しい音楽家を育て世に送り出す程の力を持っていた。プロの音楽家からも、「労音」の例会はいつも満席で・・・歌い手と聴き手が、常に対等で一緒にコンサートを創り上げる、その魅力(スタイル)が高く評価されていた。特に、アマチュアの域だった「関西フォーク」を応援・発掘し、育て・全国に送り出したのも「労音」だ!と言っても過言では無い。そんなフォークシンガーたちの名は、今も数知れないのだ。

時代や社会の状況の変化の中で、名称は各地でそれぞれ変わったけれど、その精神は生き続けていたのですね。歌い手でも有り、聴き手でも有る私も、やっぱり「良い音楽は、良い聴き手が育てる!」と、信じていたから・・。全国的な組織なので、各県や各地のブロック単位での協同協力開催で、大きなコンサート企画も小さな地域でも実現出来るシステムだった。その事で、岡山音友発の企画として私のコンサート依頼も近県の労音から有り、LP「風よ伝えて」発売の一人歩き、効果も大きいが・・・結果、赤穂や姫路のいくつかの地でコンサートが実現した。

倉敷に帰って、少し落ち着いた頃から、毎月第一・第三木曜日に、岡山音友の事務所で開催されていた「歌う会」に、PA持参(PA代金は、参加者数のチャージバック)で参加した。そして、「プロの例会」の前座で唄わせて頂いたり・・・時には、プロとのジョイントコンサートも、企画して頂いた。その中で、倉敷から参加されている会員さんとも知り合いになり、倉敷音友の「準備会」へと発展した。「LAB」事務所は、その仲間達との交流や溜り場としても賑わい、少しずつ輪が広がって行くのが実感出来た。

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