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3-2、地域運動の中で・・・

2018年07月14日 06:00

(3)倉敷子ども劇場

★1980年4月 倉敷子ども劇場「第6回子どもまつり」(高梁川河川敷)に、PAと出演の依頼が有った。それがきっかけで入会。水島楽器で毎週月・金で「ギター教室」をさせて頂いてた関係も有ったのか、劇場の中でも、7月より毎月第一・三水曜日に「ギター教室」を開催(こちらは、ボランティアでしたが・・・)。
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子ども劇場クラブ「紙風船」で、毎年2月に開催される「文化まつり」に出演。
倉敷子ども劇場は、子どもたちの豊かな成長を願って1975年に発足された、親と子が対象の会員制の全国組織(親子劇場と呼ぶ地域もある)で、生のプロの劇や芝居やコンサート等の鑑賞例会や一緒に遊ぶ事を通して、「感動が豊かな心を育てる」を・・・達成する会で有った。大人も子どもも同額会費で、年に数回の演劇や人形劇や音楽会を開催している全国組織(親子劇場)の団体だった。定例の自主企画「文化まつり」のPA依頼から、入会。青年ブロックに所属し「ギター教室」を・・・そして、劇場のクラブ活動として唄う会「紙風船」が誕生した(1982年)。(出演・コンサート実績

唄う会「紙風船」の他にも、音楽例会でのPAの仕事や「バザー&コンサート」で出演の仕事をさせて頂いたり、時には「総会」でも唄わせて頂きました。私の活動とその主旨も重なる所が多く、20周年(1995年)を迎えた「レセプション」に向けての創作依頼が有った。芸文舘で、20年間の活動をスライドで映写・・・そのバックに流れる曲として「何にもない空」を創作した。私の大阪での10年、倉敷での15年を振り返りながら、詩が完成した時点で、事務局長さんにFAXを入れたが・・・「20年間やって来たから、何かあるでしょう!。」の返事に、タイトルのみ「私は今、ここに立っている」と変更して、もう一曲「何にもない空」を創って、2曲唄った。後、作品集7/CD「そのままで」に収録する時には、やっぱり「何にもない空」とした。その後、何度も劇場の内外で唄ったが・・・私より2歳年上の事務局長さんは「涙無しでは、聞けないね。やっと、解かった!」と、言って頂けるようになった。

★2005年の「30周年レセプション」でも、唄わせて頂きました。「ない」は、決して挫折でも変貌でも失望でも未熟でもない。むしろ「ある」と言う表面的な安心感よりは、貴重で自由で希望に溢れているとさえ思えるようになり・・・唄い続ける度に、その原点や流れや様々な出会いや今唄える事への「感謝」の気持ちが、溢れて来るから不思議です。気負う事は無い、今周りに居る人たちと今唄いたいうたを唄えば良い!。そう言われてるようで・・・唄い終わった後の満足感が、たまらなく充実していて「もう少し、唄おう!」そんな、勇気を貰える作品になってきた。

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