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2-1、関西フォークとの出会い

2019年10月11日 06:00

(1)働きながら、学ぶ

1969年4月、大阪の住吉で服飾関係の仕事していた、叔父さん(母の弟)から就職祝いに、スーツをプレゼントされた。叔父さんの家(隣は、あの鳳啓介の家だった)に一泊して・・・・・翌日、豊中市服部にある会社の寮に、ギターを担いで向かった。
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空港の近くですから、まず飛行機の離着陸の騒音に驚いた。二人部屋には、パイプ製の二段ベッドと造り付けのロッカー。電機会社なのに、部屋にコンセントが無い。お風呂は、近くの銭湯へ。食事は、半分麦飯でした。先輩の話では、昔は怪しい旅館だった!とか・・・・?。電気(専門家)屋ばかりだから、コンセントの蛸足配線でボヤ騒ぎも有って・・・とか・・・。冬は、靴下を履いて寝た。
朝は、ジェット機の騒音で目を覚まし・・・朝食は、麦飯を食べて・・・阪急宝塚線の服部駅まで徒歩約20分。電車で10分、三国駅から又歩いて20分、やっと配属された「三国工場」に到着。夕方5時に仕事を終えて、会社の前からバスで中津の予備校へ・・・パンと牛乳で授業を9時まで。駅まで歩いて5分。電車で20分。寮まで20分歩き、夕食後銭湯へ。二人部屋のため勉強は、別に準備された勉強室で・・・そして眠る。これが、私の大阪でのスタートの日々でした。同期入社は、10人ほどで、私と他に2人が予備校へ通っていた。

従業員300人程度の小さな会社ですが・・・「自動ドアー」等、製造機械の「自動制御装置」メーカーで、あまり景気・不景気に関係なく、儲かっていました。私は、そこで製造現場を約2年、設計を5年、営業を3年勤めた。思い出すほどに、愚痴の多い会社に何故10年も勤めたのか・・。その中に「関西フォーク」との出会いが、微妙に影響していた。職場の先輩たちとグループも結成して楽しんだ。白浜でキャンプ合宿?・・・中央が、私です。ギターは、二代目「KAWAI製」質流れ品。

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