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2-3、うた運動との出会い

2018年07月25日 06:00

(3)「民唄開拓舎」結成  (初代副舎長)

1976年10月。アメリカのフォークソング運動を始め、世界中の働く人達の立場に立った音楽文化運動の歴史から学び、日本民衆の生活に根ざした音楽文化運動を組織し創造し、発展させるために「民唄開拓舎」を結成する。
具体的には、当面「チリ人民連帯コンサート」を大阪府下3ヶ所で開催した。「民唄開拓舎」の噂は全国に広がり出演依頼が、急激に増えた。
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左から、川崎豊/八木たかし/村上清子。
一周年コンサートは、大阪府下7ヶ所で開催。民唄開拓舎のメンバーも、元6人(大阪「うたの宿」1st~6thの実行委員長)の地域からそれぞれの推薦で12人に増員した。毛利哲吉・鮫島まさみ・細川厚子・村上清子・・・等が参加した。

そんなある日、ふっと「倉敷」が頭の中を過ぎった。父が交通事故に遭遇したり、長男でもあるから・・・私が気付いた時には、既に7年が経っていた。いつかは・・・帰らねば、でもこれから・・・。そんな思いが心を苛立たせたが、「倉敷でも唄える」「もう、3年」そんな中島氏の説得にうなずいた。

1977年 「松山千春」活動開始。中島光一LP「母と子の詩」、すずききよしLP「明日への道」発売。「さだまさし」ソロ活動開始。(プレスリー、メンフィスで急死)アリス「冬の稲妻」・紙ふうせん「冬が来る前に」ヒット。
1978年 「ボブ・ディラン」来日。「いこまいか花の湖ピクニック・コンサート」再開。東京フォークソング連絡会議「五周年コンサート」


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