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2-3、うた運動との出会い

2019年10月03日 06:00

(2)大阪「うたの宿」運動

年一回、大阪府下の唄う仲間たちが集まり、お互いの健康と活動を交流する場が、「うたの宿」でした。1976年5月、NHKラジオ「若いこだま」に出演。「おやじの唄」を唄う!。東京と大阪の二元中継で、東京は「友川かずき」氏でした。
1976.jpg
第5回「うたの宿」実行委員長の村上まさと氏と名古屋・日本福祉大学「大学祭」に、そのオルグとして出演。
共演した「川崎豊」氏の誘いで、「第五回うたの宿」の事務局長として参加した。ここで「サークルQ」での体験が生き、府下20サークルに参加・協力を申し入れ、4箇所でキャンペーンコンサートを企画。「うたの宿」史上最高の約160名が集い、大成功を収めた。

年一回だと、唄うだけで創作や学習面が弱くなると、その中間で創作・学習重視の「うたの宿/冬の陣」が、スタート。そして、サークル協議会の経験で・・・中央集中だと、地域の小さなサークル行事やコンサートが、弱体化するから、各地域での活動支援体制強化を図った。私自身も、宿で出会った「村上しんじ」氏等と、居住地域だった東淀川の上新庄・相川地域で「みんなで唄おうFriday」を開始(1976/11)。後、「この街で唄おう!Friday」、帰岡後も「サークルFriday」と名前は変わるが、続いたようだ。
friday.jpg
そして、1977年9月 藤沢会館「第六回うたの宿」では、実行委員長として180名の参加を得た。その時のテーマが、「♪うたえ!うたえ!うたえ!人間の優しさを唄え!明日に向かって力強く・・・広く高く大きく♪」でした。「ケサラ」のメロディーに乗せて唄われて、全国的に広がった。

この宿の盛り上がりは、時代の不況とは逆に私たちにより確信を与えた。「何かが出来そうな」第一回から第六回までの実行委員長が集まり、「民唄開拓舎」への結成に繋がった。

「うたの宿」前史・・・・・・場所(参加人数)実行委員長
1972/08 第一回 金剛山キャンプ場(約 40人) 中島光一
1973/09 第二回 大阪・藤沢会館(約 50人) 秋田かつひで
1974/09 第三回 大阪・藤沢会館(約100人) 川崎 豊
1975/09 第四回 大阪・藤沢会館(約130人) 村上しんじ
1976/09 第五回 大阪・藤沢会館(約160人) 村上まさと
1977/09 第六回 大阪・藤沢会館(約180人) 八木たかし

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