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2-2、フォーク・グループ(FG)結成

2018年07月28日 06:00

(4)「中の島FOLK村」に参加

「FOLK」は、アメリカで生まれた。創始者として知られる「ウッディー・ガスリー」の20年間が映画化された「我が心の古里」を三回も見た。48年間の生涯に、1000曲を越える創作。鉄道員だった彼が、ギターを抱えて旅をする中で「ピート・シーガー」や「ボブ・ディラン」等とも出会い、一緒に演奏活動する中で強い影響を相互に残した。
「ウッディー・ガスリー」 「中の島野音にて」
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単純なメロディーでも単純なコード進行でも、唄われる詩は壮大なスケールで、その時代に既に今の時代を予感していたかのような作品ばかりで・・・今、聞いても新鮮で違和感が無い。「歌は唄われて歌」ピート氏の言葉に「うた」は未来や信念を語り、希望やその心を唄うのが「FOLK」なのだ!と感じ始めていた。そして「フォーク・シンガー」と「フォーク・ソング・シンガー」の違いにも、拘り始めていた。

「フォーク・スクール」の講師として、すずききよし氏(「俺いらの空は鉄板だ」の作者)や中島光一氏(「大きな歌」の作者)等とも、出会った!。居住地域では、淀川フォー連のメンバーと創造集団「民唄長屋」を結成して、定期的なライブを開催した。

すずき氏等が、「中の島フォーク村」を結成(1975/03)。月一回の土曜日に、中の島野外ステージで定例ライブを開催されていて、参加するようになった。この頃より、兄弟ユニット「虹」との共演やソロでの演奏も開始した。
そのライブに、ゲスト出演された京都の「月と5ペンス」に感動。マネージャーのPAテクニックにも感動して、後PAレンタル屋を志すきっかけにもなった出会いだ。持参されたマイクに交換された他は、私達と全く同じ機材でしたが、誰にでもその違いが解かる程の素晴らしい音だった。演奏技術も勿論高いのだけれど・・・後に、持参されたそのマイクが今も永遠の名機「SHURE SM-58」との出会いだと知った。「FOLK」を続ける上でも、そのPAの重要性を感じさせられた出来事だった。

これらの出会いが、今の私に大きく影響している。趣味の域でしかなかった「淀川フォー連」の限界を切り開いたようにも思う。「誰のために、誰に向かって、何を唄うのか?」。それは、創る事=唄う事=生きる事を「ライフ・ワーク」とする事だ。そんな生き方に憧れ、エネルギー源を求めて走り回った。

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