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1-1、幼少年期

2020年12月31日 06:00

(3)詩との出会い

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 幼少期、父の背中で聞いた「歌」は、貧しさを吹き飛ばし・・・成長と共に理解出来るその歌詞は、生き抜く「力」に溢れていたような気がする。
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1-2、少年期

2020年12月30日 06:00

(1)貧しさの中の思い出

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 (1963年)中学校の体育祭は、白いトレーパン着用だった。貧しさからか、父の6人兄妹の一番下の妹(叔母)のお下がりを着せられていた。トイレで前のチャックが無いことに気付き、友達にからかわれた思い出がある。

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1-2、少年期

2020年12月29日 06:00

(2)ギターとの出会い

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 少年期、「詩」を書く度に、自分の心を発見した。見たままを書く難しさも知った。文字では、表現出来ない・・・届かない・・・もどかしさも感じていた。(1964年)中学2年生の時、仲の良い同級生のアサイ君の家に行くと、お兄さんのガット・ギターが置いて有って・・・初めて触れて・・・少し教わった。その年の誕生日に、母から「ガット・ギター」をプレゼントされた。
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1-2、少年期

2020年12月28日 06:00

(3)音楽との出会い

母の遺品整理中に発見!・・・2018年4月。華麗なハイコードの押さえ情況から、高校2年生の頃と思われる。自宅の前にて・・・親父のバイクも写っています。家も石垣も変わりましたが、バックの梅の木は今も健在!です。
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 ギターを弾くのは不良だ!。今では、考えられない言葉だが・・・。そんな時代に、父の性格とか経済的な理由とかも有って、高校受験は県立一校だけが許された。
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1-2、少年期

2020年12月27日 06:00

(4)バンド結成

修学旅行「宮崎日南海岸」にて・・・
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 幼少の頃、父の背中で感じた「唄心」。小学4年生で書き始めて見つけた「詩心」。中学2年生の誕生日に「出会ったギター」・・・と、今から考えると順調にまるで一本の道だった。そして、高校でバンドを結成し・・・音楽の友だちが出来・・その楽しさは感じ始めていたが、当然人生を賭けるほどのものは、見えていなかった。

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1-2、少年期

2020年12月26日 06:00

(5)運命との出会い

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 経済は、バブルに向かってまっしぐら・・・大学紛争も絶頂期で、高校にまで飛び火して来た。工業高校の頭髪は、丸坊主が当たり前でしたが・・・岡山工業高校で「頭髪の自由化」が決まったことで、倉敷でも!の声が上がった。
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2、<大阪時代>1968~

2020年12月25日 06:00

2-1、関西フォークとの出会い
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(1)働きながら、学ぶ 1968~
(2)働くこと、創ること 1972~
(3)働くこと、唄うこと 1975~
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2-1、関西フォークとの出会い

2020年12月24日 06:00

(1)働きながら、学ぶ

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 1969年4月、大阪の住吉でアパレル関係の仕事していた、叔父さん(母の弟)から就職祝いに、スーツをプレゼントされた。叔父さんの家(隣は、京唄子の相方・・・鳳啓介氏の家だった)に一泊して・・・・・翌日、豊中市服部にある会社の寮に、ギターを担いで向かった。
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2-1、関西フォークとの出会い

2020年12月23日 06:00

(2)働くこと、創ること

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 時は、第二次フォークブームで、先輩の影響も有り細々と唄い始めた。その寮で自治会主催の「成人者を祝う会」で唄っている写真が残っていた。私が20歳なのか?・・・先輩?後輩?を祝う会なのか、不明ですが・・・この成人の日を、私が人前で唄い始めた日に設定することにした。(ギターは、3代目「HAWAI」製)
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2-1、関西フォークとの出会い

2020年12月22日 06:00

(3)働くこと、唄うこと

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 大学を卒業するまでの、腰掛程度にしか考えていなかったから・・・そんなに深刻でもなく、結構気楽でした。欲を言えば限がないけど、高度成長期の職場は楽しかった。休憩時間には、阿弥陀くじで「アイスクリーム」を買ったり・・昼食後に駐車場のトラックの荷台で昼寝して、3時頃に目を覚ましても「みんな、探していたよ」で、笑って終わり・・・首(リストラ)にもならない。今では、考えられないね。
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