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3-2、地域運動の中で・・・

2020年11月30日 06:00

(7)創造集団「音楽舘」結成

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(1986年8月10日)。活動の中心は、勿論創作で・・・それらの発表の場として、それぞれの地域の定例ライブとそれらを日常的に繋ぐ季刊「音楽舘通信」発行。そして、毎年5月に「定期コンサート」の開催し、総決集の場としての年一回の「岡山FOLK CAMP」開催への実行委員会体制を創った。
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3-3、フォーク・キャンプ

2020年11月29日 06:00

(1)1st~3th

1986年7月、米国の「ピート・シーガー」さんが、二十年ぶりに来日された。その岡山公演(三木記念ホール)で、あの伝説の「中津川フォーク・ジャンボリー」を企画後、自らも唄い始めた「笠木透」さんらと・・・私と、同じステージで唄う事が出来た。ピートらが、毎年6月にハドソン川河原で開催している「CAMP」から学び・・・岡山でのCAMP開催の構想が、創造集団「音楽舘」で発案された。
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3-3、フォーク・キャンプ

2020年11月28日 06:00

(2)4th~6th!

1stは、いわゆるキャンプの自炊やテント貼りや片付けに時間を取られ、十分な唄交流が出来なかったが、希望的だった。2ndからは、場所を美星町に移動し、交流の有った地元青年団等の協力で、キャンプの部分が軽減された。3rd以降は、美星町の廃校の跡「ふれあいセンター」に会場が固定されて、唄う交流の時間も増え「FOLK CAMP」らしい企画内容になってきた。
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3-3、フォーク・キャンプ

2020年11月27日 06:00

(3)7th~10th、終結!

音楽舘建設OPEN等で、1年休んで・・・開催の希望が徐々に増える中で実施。
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3-4、フォーク・スクール

2020年11月26日 06:00

(1)開講!1~2期生

「君もなれる、シンガー・ソング・ライターに!」単なるギター教室では無く、フォーク・ソングの発生と発展の歴史から学び・・・「何故、唄うのか?」を問いかけながら、生活現場から出来ることで創り・唄い続けるフォーク・シンガー育成のために・・・・開講!。2015年までの、受講生は78人(24期生)です。
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3-4、フォーク・スクール

2020年11月25日 06:00

(2)3~13期生!

1989年1月~1期生(2人)、7月~2期生(4人)と開講後、要求の無かった「フォークスクール」が、音楽舘建設後、1993年に再開された。創り続けること・見つめ続けることが、何より継続の力になる事を、実体験から確信しているから・・・。lifeako.jpg
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3-4、フォーク・スクール

2020年11月24日 06:00

(3)13~25期生!

オリジナル作品を創ったら、卒業。その作品を創った意味を最低限伝えることが、技術で・・・必要以上の技術は、むしろ作品を曖昧にしてしまう事もある。音楽の評価は、「声」や「音」や「ビジュアル」も大切だが、本来の「作品」の評価になることを願っている。創った時のままに伝える技術を、追究したいね。
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4、<音楽舘> 1992~

2020年11月23日 06:00

いつでもライブは、僕らの夢だった。
この街にしかない音楽たちが、ここに集まる時
こだわりは生き様に変わり、僕らの夢が文化になる。
We believe hearty Music.


4-1、建設 風景
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4-2、オープン!
4-3、KING OF THE LIVE
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4-1、建設風景

2020年11月22日 06:00

1991年6月、計画半ばの父の他界で(鉄工所の立地条件が無くなって)、急速に「音楽舘」建設候補地が決まった。それも、全国的に有名になった美観地区に近い、倉敷の中心文化圏内だった。
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4-2、オープン!

2020年11月21日 06:00

1992年4月19日。OPEN!

当日は、まだペンキの匂いが残る館内に120人の人達が集いました。娘とその従姉妹が受付け嬢で・・・記念のテレカは、一日で完配!。父の替わりに、叔父さんの挨拶。後、第一回目のライブ企画は、勿論「八木たかしHome Ground Live 7」でした。
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