2020年07月30日 06:00
No.081
原 詩:水野麻子
詩/曲:八木たかし Key=A
※(1978/10) 大手S商事に勤めるキーパンチャーだった彼女は、「腱鞘炎」だった。労災認定された後、会社に席は有るけれど仕事は与えられない。そんな苦悩の日々を一冊の詩集に!それが「風よ伝えて」だった。その10年間は、私自身の大阪での10年間の日々にも重なる感じがしたから・・・。

2017/12/13公開
原 詩:水野麻子
詩/曲:八木たかし Key=A
※(1978/10) 大手S商事に勤めるキーパンチャーだった彼女は、「腱鞘炎」だった。労災認定された後、会社に席は有るけれど仕事は与えられない。そんな苦悩の日々を一冊の詩集に!それが「風よ伝えて」だった。その10年間は、私自身の大阪での10年間の日々にも重なる感じがしたから・・・。


2020年07月25日 06:00
No.100
詩:坪井宗康
曲:八木たかし Key=Am
(1980/01) 1945年6月29日は、岡山空襲があった日だ。6月に入ると岡山市役所のロビーに掲示された詩が「西川哀歌」だった。岡山の中心街を流れる西川には、今錦鯉が泳いでいる。作者の坪井氏は、その錦鯉があの空襲で熱さを逃れて西川に飛び込んだ人間たちに映るのだ。坪井氏と一緒に、西川を散歩しながら当時の事を話してくれた。タイトルから、昔演歌の作曲家が曲を付けてくれたが、何だかちょっと違う!とも・・・。作曲して、山陽放送テレビ「奥さん10時です」で、当時の映像をバックに唄った。その日の前日に坪井氏は、他界していた。坪井氏の最後の詩集のタイトルが「その時のために」だった。後、そのタイトルが耳から羽なれず・・・私にとっての「その時」を創った。(関連記事)

(1945年、岡山市街地)
詩:坪井宗康
曲:八木たかし Key=Am
(1980/01) 1945年6月29日は、岡山空襲があった日だ。6月に入ると岡山市役所のロビーに掲示された詩が「西川哀歌」だった。岡山の中心街を流れる西川には、今錦鯉が泳いでいる。作者の坪井氏は、その錦鯉があの空襲で熱さを逃れて西川に飛び込んだ人間たちに映るのだ。坪井氏と一緒に、西川を散歩しながら当時の事を話してくれた。タイトルから、昔演歌の作曲家が曲を付けてくれたが、何だかちょっと違う!とも・・・。作曲して、山陽放送テレビ「奥さん10時です」で、当時の映像をバックに唄った。その日の前日に坪井氏は、他界していた。坪井氏の最後の詩集のタイトルが「その時のために」だった。後、そのタイトルが耳から羽なれず・・・私にとっての「その時」を創った。(関連記事)

(1945年、岡山市街地)
2020年07月24日 06:00
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