2-2、フォーク・グループ(FG)結成

2017年05月28日 06:35

(3)「淀川フォークソング連絡会議」結成!/1975年5月

東淀川地域から出発した「サークルQ」は、やがては全府的に広がり・・・分割・統合して「大阪府・サークル協議会」へと発展していった。結果、「裸電球」の役割も変化した。メンバーが増え続ける「裸電球」は、四畳半に入りきらなくなり、4分割を余儀なくされた。そのひとつの、FG「貨物列車」に参加(1974/06)して、大阪経済大学/二部の大学祭(↓写真/左から、私・上甲くん・坂下くん)」や「青山短大祭」等に出演した。
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2-2、フォーク・グループ(FG)結成

2017年05月27日 06:30

(4)「中の島FOLK村」に参加

「FOLK」は、アメリカで生まれた。創始者として知られる「ウッディー・ガスリー」の20年間が映画化された「我が心の古里」を三回も見た。48年間の生涯に、1000曲を越える創作。鉄道員だった彼が、ギターを抱えて旅をする中で「ピート・シーガー」や「ボブ・ディラン」等とも出会い、一緒に演奏活動する中で強い影響を相互に残した。単純なメロディーでも単純なコード進行でも、唄われる詩は壮大なスケールで、その時代に既に今の時代を予感していたかのような作品ばかりで・・・今、聞いても新鮮で違和感が無い。「歌は唄われて歌」ピート氏の言葉に「うた」は未来や信念を語り、希望やその心を唄うのが「FOLK」なのだ!と感じ始めていた。そして「フォーク・シンガー」と「フォーク・ソング・シンガー」の違いにも、拘り始めていた。
「ウッディー・ガスリー」 「中の島野音にて」
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2-3、うた運動との出会い

2017年05月26日 06:06

(1)全国うたの里運動

1975年9月、すずき氏の誘いで、東京・府中青年の家で行われた「第一回全国うたの里」に参加した。淀川フォークソング連絡会議から私とタクロー(現在、鳥取在住)の2人が、深夜ハイウエイバスで東京に向かった。
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2-3、うた運動との出会い

2017年05月25日 06:11

(2)大阪「うたの宿」運動

年一回、大阪府下の唄う仲間たちが集まり、お互いの健康と活動を交流する場が、「うたの宿」でした。1976年5月、NHKラジオ「若いこだま」に出演。「おやじの唄」を唄う!。東京と大阪の二元中継で、東京は「友川かずき」氏でした。共演した「川崎豊」氏の誘いで、「第五回うたの宿」の事務局長として参加した。ここで「サークルQ」での体験が生き、府下20サークルに参加・協力を申し入れ、4箇所でキャンペーンコンサートを企画。「うたの宿」史上最高の約160名が集い、大成功を収めた。実行委員長の村上まさと氏と名古屋「日本福祉大」大学祭に、そのオルグとして出演。
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2-3、うた運動との出会い

2017年05月24日 06:13

(3)「民唄開拓舎」結成  (初代副舎長)

1976年10月。アメリカのフォークソング運動を始め、世界中の働く人達の立場に立った音楽文化運動の歴史から学び、日本民衆の生活に根ざした音楽文化運動を組織し創造し、発展させるために「民唄開拓舎」を結成する。
具体的には、当面「チリ人民連帯コンサート」を大阪府下3ヶ所で開催した。「民唄開拓舎」の噂は全国に広がり出演依頼が、急激に増えた。
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左から、川崎豊/八木たかし/村上清子。
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2-3、うた運動との出会い

2017年05月23日 06:10

(4)レコード製作実行委員会

倉敷に帰ろう!と決めた時、大阪の10年を何かの形に・・・それがLPレコードの製作であった。創作曲も90曲を超えていたが、アマチュアがレコードを創るなんて・・・、それもLP(アルバム)等、考えも及ばなかった。それに、フォークは生のライブ(今から、未来を唄う)が基本で・・・録音した(過去)ものなど・・、と言う思いも有った。製作費用も当時で100万円以上程必要だ。とりあえず製作実行委員会を発足、製作支援金として、100人から一万円ずつ借り入れ・・・完成品レコードを5枚渡す方式で、制作費は意外と簡単に確保出来て、即レコーディングの準備に入った。
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2-4、フォーク・シンガーへの道

2017年05月22日 06:00

(1)時代を語り、未来を語る

ただ、フォークを歌う「フォーク・ソング・シンガー」では無く、聴き手と同じ環境で働き・創り・唄う、生き方も含めた、ライフ・ワークとしての生活スタイルを確立した、所謂「フォーク・シンガーへの道」を目指して、歩き始めた。
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2-4、フォーク・シンガーへの道

2017年05月21日 06:18

(2)たかが歌

1974年 「ジョン・バエズ」来日。
1975年 「拓郎」「小室」「泉谷」「陽水」等が、フォーライフレコード発足。(山陽新幹線開通)「つま恋、6万人コンサート。小椋佳「シクラメンのかほり」荒井由美「いちご白書をもう一度」ヒット。

★1975年2月、心斎橋の島之内教会で開催されている「関西正統派原点フォークコンサート」を聴きに行った。出演者は、すずききよし氏や豊田勇造さん・もんたよしのりさん・等だったかな?。その中で、中島光一氏の「18才」を初めて聴いて、衝撃を受けた。満席200人のホールなのに、私と中島氏だけが唄の中で2人で会話していた。中島氏が勤める職場で起きた、18歳の「のぞみ」ちゃんの生涯を語る告発の唄だった。ギターの音等は、もう耳から消え、鳥肌で身動き出来なかった。
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2-4、シンガー・ソング・ライターへの道

2017年05月20日 07:00

(3)スター・ソフへの手紙

私たちに、今必要なものは・・・
音楽でもなく、言葉でもなく、パレットでもなく
又、彫刻刀でもありません。
生きた思想を下さい。
人々と生きた話し合いをして下さい。
その人たちとの、話し合いのために
どんなテーマを選ぼうとも・・・・
そうしたら
美しい響きを、耳にしないではおれないでしょう。

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3、<倉敷時代> 1979~

2017年05月19日 06:41

3-1、我古里で、生きる!
(1)サウンド・ラボ企画 1979~
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(2)中 備 産 業 1986~1991
(3)サウンド・ラボ企画「業務縮小」 2014

3-2、地域運動の中で・・・
(1)岡山音楽友の会 1978~1985
(2)倉敷音楽友の会 1981~1983
(3)倉敷子ども劇場 1980~2010
(4)唄う会「紙風船」 1982~現在
(5)VAN VAN LIVE! 1981~
(6)水島・金光・新見・地域でも・・・
(7)創造集団「音楽舘」 1987~1992
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3-3、フォーク・キャンプ
(1)01st~03th 1986~1988
(2)04th~06th 1989~1991
(3)07th~10th 1993~1998

3-4、フォーク・スクール
(1)01~02期生 1989~1990
(2)03~12期生 1993~1999
(3)13~24期生 2000~現在


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